白滝から旭川で凡庸な釣りに終止した私はこの日、北海道の別の知人である長谷川さん(仮)と合流してイトウを狙うことになりました。相変わらずこの日も最高気温は30度に近いなので川沿いに日陰が少ない北海道では午前10時くらいまでが勝負になるでしょう。
幌加内の雨竜川
6月後半はイトウの釣りシーズンとしては少し遅いようですが、それに気がついたのはこの日の前夜でした。
それでも姿くらい見られれば・・・。おや、水中で何かが蠢いています。
陸上からはイワナだと思ってはしゃいでいましたが、完全にウグイです。ウグイとわかっているのに同行者の長谷川さんとムキになって釣ろうとした結果、見事にそれぞれウグイを仕留める事ができました。ウグイでも案外楽しめるものです。
ちなみに生来の野生児である長谷川さんは人生で「やぶこぎをし過ぎて全てに耐性ができた」ようで、手袋もせずに毛虫まみれの藪に突っ込んでいきます。
一方の私はただのアブを巨大スズメバチと間違え、鳩の鳴き声をダム放水のサインと勘違いして「水没します!泣」と慌てるなど、初めて外に出たお姫様のようにあたふたしています。長谷川さんの方は野生児である上に元官僚の国際弁護士で高身長イケメンという、スペック表にすると★が五角形を突き破るような男で、私のように低脳、貧弱、短足などすべての評価概念から捨てられた人間との差は目に余るものがあります。
「つかまって良いよ!」
確か僕より一回り以上年配の長谷川さんに川沿いで腕を引っ張り上げてもらう有り様で、なんとかボサが多い釣り場を進みます。
人生でいまだ1匹しか釣り上げていないので知見が無いのですが、イトウは深さがあるところに生息する印象なので深場をルアーで狙ってみます。すると、それまでとは違う大きな魚が食いつきました。
ウグイでした。
これまで自分の失敗談を武器に読者を獲得するという卑怯な手法で醜く歩み続けてきたこのブログですが、この時「イトウです!」と叫んだ動画部分だけは削除しようかと本気で悩んでしまうくらい恥ずかしいミスを犯してしまいました。そしてあまりの恥ずかしさで現地でしばらくは「イトウだ」と一瞬でも勘違いした事実はなかったかのように振る舞ってしまいました。
結局ウグイか・・・と呟いていると
「いや大きかったね!もし食糧難だったら、この1匹は大きいよ!」
と、大きな時間軸を持ち出して励まさせてしまいました。なんだか、気を使わせてしまいすみません・・・。
その後太陽がじりじりと刺すような暑さになってきたので早めにランチ休憩へと移り、「雪月花」というお店で幌加内そばを頂きます。眼の前に居る五角形突き破り兄さんですが、時代は違うものの同じ大学の同じ水産学科に所属していたという、大人になってから別の地域で出会ったという前提で言えば驚くほど近い御縁があります。
彼は高校2年生までは別の大学に行こうとしていたところ、一人旅で訪れた水辺でその大学の学生さんに出会い、アユの研究をする姿に感化され、彼の後を追ってその大学を目指して一発合格してヤマメ研究に取り組んだところから輝かしいキャリアが始まっているのだとか。一方の私がその十数年後に水産学科に入ったときにヤマメを扱っている研究者はおらず、ホルマリン漬けになった大きなヤマメのサンプルを見つけては「時代が違えば俺もヤマメの研究が出来たのかな」と想いを馳せていましたが、そのヤマメサンプルは今、目の前でそばをすすっている長谷川さんが「研究室に置いていったもの」である可能性も高いのだそうです。
これまで長谷川さんとは何度も食事をしているのにそんな素晴らしい話をせず
「官僚と弁護士ならどっちの時代がモテました?」
などと下世話な質問で困らせ続けてきたことに今更強い後悔を感じます。(ちなみに官僚だそうです。)
* * *
釣るのは難しそうなので「せめてイトウの姿を見ておきたい」と言う機運が高まり、人の手でイトウが保護されている朱鞠内湖を目指します。朱鞠内湖はイトウを自然環境で有料で釣れるポイントとして人気があり、2023年には釣り人が熊に食い殺されるという衝撃的な事件で有名になった場所です。
朱鞠内湖には我々のように目が血走った釣り客だけでなく、広場でキャンプをする人たちやボートに乗って楽しんでいるなども居るようで、穏やかな雰囲気が漂っています。週末にも関わらず釣り券はなぜか現地の漁協の施設では購入できず、ネット購入に苦戦していると眼の前で二十歳前後と思われる女性二人がボートを沖に出そうとしています。
しかし、彼女たちは手漕ぎボートがどのように進むのかを理解していないようで、一人が漕いでいる力をもう一人が打ち消してしまっており、その場くるくると回っては
「キャハハ♪」
と、腹をかかえて笑っています。

たまらず長谷川さんが「左右のパドルで同時に水を押すことで後ろに進むんだよ」と説明していますが、今度は回転が反対になっただけで、やはり同じところをくるくる回っては
「キャハハ♪」
とやっています。誰よりも効率を重視して成果を出す生き方を実践してきた長谷川さんはそれを見ると
「あれはどうしようもないね」
と大きめの声でつぶやき、彼女たちのサポートをさっさと諦めて我々のレンタルボートを沖に出してくれました。
「お金を払ったんだからイトウは釣れるぞ」と思い込んで沖に出てきましたが、深いところで水深が40メートルもある朱鞠内湖の沖に出て、いったいどうすれば良いのでしょうか。どこに投げて、どのくらい沈めれば良いのか判断が出来ないままボートの返却時間が来てしまい、釣りは終了となりました。
行きは長谷川さんに漕ぎ手を担当していただいたので、帰りは
「僕がやります!」
と申し出ます。遠くに目をやると、いつの間にか沖に出ていた女性二人も返却予定だったのか、少し私のスタートが遅れる格好で静かな競争が始まりました。
私も手漕ぎボートは人生で3回くらいしか漕いだことはありませんが、原理はわかっているので心配には及びません。背筋を使ってパドルを動かして快調に船着き場に向かっている・・・つもりでしたが、進行方向から常に斜めに逸れて進んでいるため、ジグザグ走行になっており、私の人生の航路のように遠回りしています。
「必ずズレるんだね~」
呆れた長谷川さんが後半は見事に船着き場に寄せて頂きなんとか時間に間に合いましたが、女性二人組は既に返却も終わらせて車で立ち去った後、つまり完敗で終了となりました。ギックリ腰の影響ですね。