2022年最後の渓流釣りのために、私以上に知能が不足していることで知られる兄と2人で京都の美山に入りました。
午前中には由良川に到着していましたが、大雨が降っていたので釣りは諦めて、先にチェックインだけ済ませようと宿に電話すると、
「お部屋の準備ができていますので、お部屋で休んで頂いても良いですよ」
と宿の奥様が親切に対応してくれました。
お宿はご夫婦で運営している小さな宿のようです。ご夫婦共に、善人か悪人かで分類すると恐らく善人グループなのですが、3度会話すれば2度は親切だと感じ、1度は信じられないほどデリカシーの無い言葉が出てくるような奇妙なお二人でした。
旦那さんは気が優しく親切なように見えて無神経、奥様も無神経な点は同様ですが、気の弱いご主人に吐く強烈な暴言で楽しませてくれる、見ごたえのあるコンビです。
お二人のキャラクターが際立っているので、お宿の内装もお風呂も料理も今ではほとんど記憶にすら残っていません。
12時前に宿に到着したので、部屋でくつろぎながら昼食をどこで食べるか兄と相談していると、旦那さんがノックをしながら部屋の外から声をかけてこられました。
夫「12時やで。お昼やで」
私「あ、はい!」
私の返事は旦那さんにも聞こえたはずですが、彼はノックをしながら勝手に部屋に入って来て、こちらを嗜めるように
夫「12時やで。お昼やで」
と声を放り込んで来ました。
私「は、はぁ・・・。」
食事や布団の用意など、スタッフさんが部屋の中に入ってこられることがあることは認識していますが、かつてこれほど些細な用事で部屋に入ってこられたことは無かったので、彼の顔を見て我々2人は唖然とするしかありませんでした。
補足すれば、この周辺には13時以降もランチ営業をしているお店もあるため、いったいなぜ彼が執拗に12時を知らせに来たのかわかりませんでしたが、とにかく部屋から出てランチに向かいました。
美山かやぶき美術館
「よしの」というお店でハムのように薄い肉を挟み込んだカツ丼を食べた後(いや、ハムだったかもしれない)、雨が強くなる予報だったので、美山かやぶき美術館で時間を潰します。
現在美術館として運営されているこの建物は、築150年の建物なのだとか。
近くにあった庄屋さんのお宅を30年ほど前に、とある資産家が現在の場所に移築しつつリフォームした建物(1億円かかったとか)を南丹市が買い取り、現在は美術館として活用しているのだそうです。
管理をされている女性が教えてくれましたが、かやぶきの「かや」はイネやヨシを使う地域もありますが、ここではススキが使われているそうです。ススキなんぞはただゆらゆらしているだけの植物だと思っていましたが、束ねれば屋根になるんですね。
美術館を堪能しているうちに大雨の予報が曇りに変わっていたので、少しだけ竿を出すことにしました。
棚野川
ルアーを投げてみると魚達が反応してくれましたが、掛かってきたのは全てカワムツでした。
泊まりがけの釣りの初日で狙った魚が釣れたことなどまず無いので、カワムツの顔が拝めれば上出来かもしれません。
宿での夕食の時間に間に合うように早めに釣りを切り上げ、宿に入りました。
* * *
風呂から上がって食事スペースで夕食を待っていると、キッチンで会話していたご夫婦の、奥様の声色が急に変わりました。
どうやら旦那さんが奥様の気に触ることを言ったのでしょう、10秒前までご機嫌だった奥様が両手の手のひらを上に向けながら旦那さんに向かって
「すみません、今のあなたの発言で私の手が止まりました、すみませんがどうすれば良いか教えてくださいお願いします私はどうしたら良いですか?手が止まってしまいました。」
と問い始めるという、かなり不思議な形式のクイズ大会が始まりました。
それに対して気の弱そうな旦那さんは
「すみません、すみません・・・。」
と繰り返しています。やりとりを聞いていた私は
(ダメだ、クイズに答えられていない。質問者が余計にヒートアップするのでは・・・)
とやきもきしていましたが、驚くべきことにこの回答は奥様を満足させるものだったらしく、クイズ大会は旦那さんの正解にて閉幕しました。
夕食はお客さんだけでなく、ご夫婦も同席の上でたまに話しかけてこられるという難しい形式でしたが(一人客も多い民宿なので会話サービスだと思われます)、時折奥様から旦那様に浴びせられる暴言が気になったものの、ひとまず穏やかな雰囲気で美味しくいただくことができました。
* * *
翌朝は「朝食無し」で予約していたつもりでしたがうまく伝わっていなかったようで、我々は望んでいない朝食を食べるために7時半にテーブルに着くことになってしまいました。
義務的に口に食事を運び続けることに成功して綺麗にご飯を平らげた・・・つもりでしたが、味噌汁が少し残っていたようです。
食器を下げに来た旦那さんがそれを目ざとく見つけて
夫「味噌汁!残ってるで!!」
と、味噌汁を指差しながら叫んでおられます。まるで嫌がる子どもに給食を全て食べさせることでしかストレスを発散し得ない小学校の教師のようです。
嫁から受けたストレスのバケツリレーなのでしょうか、奥様にひれ伏していた昨日の男性と同じとは思えない口調に驚きながらしぶしぶ塩辛い味噌汁を胃に流し込みました。
その後も食卓で兄とお茶を飲んで休んでいると、今日の予定を旦那さんから質問されました。
私「まぁ適当なタイミングで川に向います」
と言うと、
夫「チェックアウトは10時なので、ご協力くださいね」
と、氷のように冷たい雰囲気で突き返されました。接客について私は素人ですが、
「チェックアウトの10時まではまだ2時間ほどありますので、ゆっくりしてください」
と言えば印象は大きく違うでしょう。言葉の使い方一つで印象は大きく変えられるぞ、おじさん。しかも先程、食後のコーヒー200円を売りつけようとした時とは声の雰囲気も眉毛の傾きも大きく違うのはちょっと嫌な感じだぞ。さらに200円のコーヒーが我々に売れなかったことが気に触ったのか
夫「あと、本来はうちはチェックインは15時なので・・・。」
と、昨日早めにチェックインしたことに嫌味を投げ込まれます。
奥様から許可を頂いたので~と説明することは簡単なように思いましたがその労力を割くことも億劫に思われたので、ただ
「すみません、すみません」
と昨夜のクイズ大会を踏襲して回答しておきました。
チェックアウト時間の10時以降も居座るつもりだろうと思われているようだったので、追われるように宿を出ます。
ようやくこの違和感の塊のような宿から逃れられると安心して宿から出て車に向かうと、例のご夫婦も外まで出てこられました。アットホームな宿によくあるお見送り儀式です。2人にじっと見つめられているので、こちらはゆっくりカーナビに目的地も設定できません。
「有難うございましたー。」
と感情の籠もらない声を出しながら車を発信し、彼らの姿が消えてしまう曲がり角へと急ぐのでした。