和歌山県日高川にて鮎釣り師と遭遇②

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前日日高川水系の丹生ノ川でアマゴを釣り上げた我々は、この日は日高川から渓流に入ります。

 

昨日魚が釣れなかった兄は私と同じチョウチン毛針釣りに変更したようです。

 

のべ竿を使った釣りは毛針を届けられる範囲に限界があるので、この釣りをすると誰もが「ストツーのダルシムのように腕が伸びれば・・・」と思うことになっています。

どうにも伸びない腕で釣りをしていると、川沿いに伸びる道路沿いを同じクルマが行ったり来たりしているのが目に入ります。釣り人がポイントを探しているのは間違い無いでしょう。

我々二人が釣りをしているのは車からもよく見えていると思うので、わざわざここに入ってくることは無いでしょう。

 

私が投げたルアーに小さなアマゴが釣れました。

日高川アマゴ

 

こんなに小さなアマゴの口にルアーのフックが掛かっていたことに驚きながら釣りのぼって行くと、我々の上流に人がいます。なんと先程偵察していた釣り人がすぐ上流で釣りをしているではありませんか。どうやら二人連れで鮎釣りに来たようです。

渓流釣りでは通常、釣りながら上流に移動するため、もし先行者の上流に入る場合は500mから1キロ以上の間隔を空けて入ることがマナーとされています。したがって我々の上流に別の釣り人が入り込んだことに驚きましたが、彼らの横を通って上流に回り込むしかありません。

彼らは我々の釣りの邪魔をしてしまったことに恐縮しているのかと勝手に思っていましたがそうではなく、足音と熊鈴の音を大きく鳴らしながら近づきすぐ後ろを通り過ぎても、挨拶はおろか振り返ることもありません。

 

鮎釣り師

 

いかがでしょうか。彼のその肩を見てください。

彼の後ろ姿からは恐縮した雰囲気など一切感じられず、むしろ我々に対する嫌悪感を感じていることが手にとるようにわかります。きっと彼は今日、ようやく1年ぶりに鮎釣りが出来るウキウキに溺れながら、車を停めるポイントから川に立つ位置、瀬に鮎を送り込むイメージまで正確に描いてきたのに、そのキャンバスに描かれていなかった邪魔者が入っていたことに画家は心底怒っているという雰囲気です。

その一つの肩だけで感情から表情までを私に伝えてしまうとは、彼は本業の役者さんなのでしょうか。私はこれほど自分の欲にまみれて浅ましくなってしまった肩を見たことがありません。

では二人連れのもう一人はどうでしょうか。

 

 

先程の肩役者に比べると少し態度が穏健に見えます。膝です。柔らかに曲がった膝が、僕らに「敵では無い」という信号を出しているように見えたので、私から声を掛けます。

私「上流はどのあたりまで釣りされる予定ですか?」
彼「え?まぁ、それは決めてませんけど」
私「では少し間隔を空けて、上流に回り込みますね」
彼「はい」

彼の方もその膝のカーブにように穏やかな感情では無いようでした。中国の田舎の売店に居るおばちゃんのようにニコリとすることもなく、むしろ被害者のような口ぶりでの対応でした。

しかし帰宅後に鮎の友釣りにおける先行者に対するマナーをネットで調べてみると「先行者が居る場合にはその上流側に入る」ことが良いとされていることを知りました。渓流釣りとは反対に、鮎釣りでは下流側に釣り下って行くらしく、とすると彼らの行動はマナーに則った行為だったと言えます。

とすると、鮎釣りの逆の動きをした我々に対するあの仕打ちは当然かと思いましたが、しかし、釣り下りたい鮎釣りの人たちの下流側を僕らは空けたことになるので「彼らに感謝されても良かったのに」と思うと同時に「そこまでこの釣り場にこだわるならもっと早起きして来れば良かったのに」と、あの石のように固まった肩を想うのでした。

 

最終日は奈良県南部にある漁協が無い河川でアマゴを釣りました。

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