太田川支流でアマゴをスレ掛かりさせて大喜びした翌日は朝9時頃までゆっくり寝るつもりでしたが、朝6時半に集落中に響き渡る大音量のラジオ体操の音楽で目を覚ましました。
久々に聞くあの苛立たしいまでにハリのあるおじさんの声も今朝は心地よく、スッキリした目覚めです。
とはいえ朝食の代わりに用意して頂くお昼ごはんは「朝8時に作ってください」と伝えてしまったので、それまでは意味もなく部屋と車を行ったり来たりしながら「予定より早く起きましたよ」「スピーディーに握ってくれて良いですよ」という我ながら身勝手なアピールを試みましたがその甲斐なく、準備は朝8時に近づいてようやく準備が進められているようでした。
そろそろ8時になる頃です。
食堂でおにぎりの登場を首を長くして長くしすぎて厨房を覗き込むと、どうしたことでしょうか。お二人はお茶碗にご飯をよそい、そしてホカホカのお味噌汁をお椀にそそいでいます。他にもお客さんがいるのかと思いましたがそうではなく、電話でも、そして昨日口頭でもお伝えした「朝ごはん不要でおにぎりを持たせてください」という依頼を忘れておられた(というかそもそも伝わっていなかった?)ようです。
大急ぎで茶碗に入れて頂いた米をおにぎりにして頂き、味噌汁や焼き魚は胃に流し込み、大急ぎで車を出します。
駐車場では巣から落ちたと思われる燕の子供がビービー泣いていたのが気になりましたが、それに構う余裕もなく川へ向かいました。
聖湖の上流から
近くにある聖湖にはいわゆる陸封型のサツキマスが居るそうです。サツキマスとは海に降って大きくそしてカッコ良くなって返ってきたアマゴのことですが、ここでは湖を海と見立ててアマゴが大きくなるのだそうです。
いまだ釣り上げたことがないサツキマスへの憧れの気持ちが強い一方、私は湖やダムなど水が止まっている場所での釣りが苦手で(川が得意とも思いませんが)、釣れるまでルアーを投げ続けられるかやや不安ではありますが、今日は昼過ぎくらいまではダメ元でサツキマスを狙い続けようと思います。
ダムへの流れ込みに降り立ってみると、狙うべきポイントが全くわかりません。
流れがあるのか無いのか、雄大なライン川のようです。
見たことはありませんが。
渓流であればまずは流れ込みの周りや深いところを見ますが、ダムは深さの違いもわかりませんし流れの強さもさっぱり違いがわかりません。
二投目くらいで車に戻ろうかと思ったところ、足元にブラックバスが泳いでいることに気が付きました。
太っていて、釣れれば楽しそうです。
しかしバスを釣りの対象として狙ってしまっては、当初の目的であるサツキマスの誓いを破ることになってしまいます。昨日も決めたことを継続できず、今日こそはと今朝も思っていたはずです。
しかし、思い返せば私の釣り人生は渓流釣りではなく、小学生のころに始めたバス釣りがきっかけです。ということは、これは方針転換や意志の不徹底ではなく、むしろ原点回帰と言えるのではないでしょうか。
「原点回帰」
良い言葉を思いついたものです。どんな馬鹿げた方針転換も無茶な社長命令も、この言葉さえあれば錦の御旗のような効力を発揮するのがこの国です。
さらに言い訳を追加すれば、ブラックバスを狙っていてサツキマスが釣れたなんていう話も聞いたことがあったような気もします。
ということで原点回帰という無敵ワードを得た私はなんの臆面もなくバスを狙いますが、結局ルアーに食いつかせるどころか追いかけてもらうことも出来ず、釣り開始から2時間ほどで場所を変更します。
島根県奥匹見から
アクセス | 益田から50分、浜田から1時間、 |
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対象魚 | ヤマメ,イワナ(ゴギ) |
遊漁券 | 日釣券:2,200円 現場売:3,200円 年間券:6,400円 |
管轄漁協 | 高津川漁協 |
入渓のしやすさ | ★★★★☆ |
歩きやすさ | ★★★☆☆ |
魚の量 | ★★★☆☆ |
このあたりはゴギと呼ばれるイワナが生息しているそうです。
川に入ると、不規則に割れた岩が露出していました。
水面に毛針を浮かべると、気づかないうちに魚がかかっていました。
極小のヤマメでした。毎回よくこれだけ小さなヤマメを釣り上げられるなと感心します。
川沿いの岩に腰掛けておにぎりを食べていると、眼の前のゆるい流れをヤマメの数匹の群れが行き交うのが見えます。さらにその中で変わった動きをする魚が居るなと目を留めていると、頭までしっかり虫食い模様が入ったゴギのようでした。
数年ぶりにゴギを釣りたいと、イワナが居そうな深いところを毛針で流すと、毛針に鋭く飛び出してきた魚が居ました。
その太さはイワナではないかと思いましたが、カワムツでした。
カワムツはあまり好きな魚ではありませんが、毛針への飛びつき方と鮮やかな色が美しいので、悪くないカワムツだと言ってみることも出来ます。
その後なんとかヤマメを何匹か釣り上げ、この日の釣りを終了しました。
夕方なんとかヤマメを数匹見れたことに満足し、川から上がってスマホを見ると釣り友達からLINEで写真だけが送られて来ています。彼は今北海道で釣りをしているはずなので、釣果報告という不吉な知らせの可能性が高いです。
彼からのLINEを開かないように慎重に画面を閉じ、宿へと向かいます。
宿に戻ると、奥様の方が玄関先で迎えてくれました。
婆「まぁ、釣れましたか?そうですか。」
こちらの返答が聞こえたか聞こえなかったか、ニコニコしておられます。彼女がじっと見つめる先を見てみると、今朝巣から落ちてピーピー泣いていた雛が発泡スチロールに囲われています。
「なんか食べんと可愛そうや思って」
と、部屋の隅には米粒まで置かれています。
私「米粒を食べるんですか?」
婆「わかりません」
燕が軒下に巣を作ると糞を落とすので迷惑がっているのかと思いきや、糞を避ける板をつけただけでなく、落ちてきた雛を保護までしていることに驚きました。
民宿やまびこのお二人を形容する言葉を探していましたが、「品が良い」という言葉がピッタリだと気が付きます。
* * *
その日の夕食はお好み焼きと小鉢でしたがどれも街の食堂のレベルではなく、聞くまでもなく高級料亭で修行をされたことが確信できる味です。
旅好きでありながら宿の居心地次第ですぐに帰りたくなる私ですが、この宿にはいつまでも居たくなってしまいました。
この宿の唯一のデメリットと言えるのは、ご夫婦ともに既に高齢で少し耳が遠くなってしまっていることでしょうか。特に私が早口で関西訛りなのも良くないのだと思いますが、私の発言はおそらく2割もお二人に理解してもらえていないでしょう。
また、ご主人の方も早口なのでこちらもほとんど何を言っておられるかわからず、笑って適当に誤魔化すことがほとんどでした。
それでも、会話が通じていないことで最も困ったのは日常会話が出来なかったことでも朝食のおにぎりが用意されていなかったことでもなく、私がこの宿をいかに気に入っているかが伝えられないことです。
「ごはん、美味しいです」
という大声でゆっくり話した言葉は伝わっていたようですが、私が彼らに感じている感謝はその程度のものではありません。
私が食事をしている間もお二人が厨房で翌日の予定について話し合っていましたが、テレビも音楽も鳴っていない無音の食堂で鈴のように響くお二人の笑い声は何よりも聞き心地が良いBGMで、2人が厨房に揃っていてくれることを心の底から感謝しました。
そんなとき、おばあちゃんのほうが私に声を掛けてくれました。
「何もないところで、夜は寂しいでしょう」
「お二人の笑い声があるから、寂しくないですよ」
と言おうと思いましたがきっと伝わらずに困らせてしまうだろうと思い、私は満面の笑みだけを見せて、またお二人がこれまでうんざりするほど繰り返さしてきたであろう、平和な打ち合わせに聞き入るのでした。