福井県にある漁協が無い河川でのヤマメ・イワナの生息を調べるべく、レンタカーで山に向かいます。
その前にコンビニでお昼ごはんとお水を調達します。暑いので水が足りなくなれば川の水を飲みそうになりますが、キツネが媒介するエキノコックスの感染が怖いので、飲み水は事前に多めに用意しなくてはいけません。
そう考えてスーパーに入ると、魚コーナーの充実に目が行きます。
地元福井で捕れた魚を中心に美しくディスプレイされており、魚好きには宝石の棚に見えるでしょう。
魚にまさに心を奪われたようで、なんとかお水を買うことだけは覚えていた一方でお昼ごはんを買うのを忘れてしまい、水と、ありったけの海産物の記憶だけを胸に、川へと入ります。
ここで私は、現代での朝食の普及はエジソンによるトースターの宣伝から生み出された意図的なブームであるという説を思い出しました。今私が感じている恐怖も、いわばエジソンかケロッグか農協あたりが作為的に生み出した欠乏である可能性があります。
そうと決まれば恐れることは有りません。非常食のおやつと水だけを持って晴れ渡る空の下へと飛び出します。
* * *
虫もよく飛んでいるので、もし魚が居れば毛針に飛び出してくるでしょう。
チョウチン毛針釣りで毛針を浮かべてみますが、魚の反応がありません。
眼の前の石の上でカワゲラの成虫が、何か深い考え事でもしているように同じ位置をウロウロしています。お昼ごはんのこと、まだ後悔しているのでしょうか。
そう言えば先日、カゲロウを毛針に刺して浮かべたらニジマスが釣れたことを思い出した。
「馬鹿の一つ覚え」
「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ・・・」
などと言いたいでしょうか?どうぞどうぞ、何とでも言い給え。不幸なソクラテスより幸福な豚、という考え方もあるのです。
カワゲラを針に刺して水に流してみますが、思ったように簡単に魚が飛び出してくれません。
浮いている時はカワゲラは大人しくしていましたが、水に巻き込まれてカワゲラが水中に入ると、空中に出した魚のように大きなアクションでバタバタし始めました。すると、それまで気配すら見せなかった15センチに満たない魚が、流れに飲まれるカワゲラに絡みつくように食べに来ました。
しかし流れがあまりに激しく、魚は大きなカワゲラを上手く口に入れられませんでした。
そこからは何度も何度もバカみたいに同じ流れにカワゲラを流し、そして魚の方も、何度も何度もバカみたいに食い損なうこと10度ほどで、ようやく魚が針に掛かりました。
朱点があるのでアマゴと言いたいところですが、このエリアの魚はヤマメでも朱点が出たり出なかったりするらしく、ヤマメともアマゴとも言えそうです(このページではヤマメで統一)。
このヤマメもきっと「全く同じ昆虫が、何度も眼の前に現れ続けるのはおかしい・・・。」
と思ったはずですが、やはりリアルな昆虫のジタバタに理性が崩壊したのか、何度でも食べに来てくれました。
もしくはこのヤマメは、同じことが何度も繰り返されるという映画でよく使われるタイムループにはまりこんでしまったことを自覚した上で、カワゲラに噛みつくことで未来を変えようと飛び出したのかも知れません。
俺も今までの繰り返しのような、中途半端な魚しか釣れない自分を変えよう。釣れそうな小魚を捕りに行くのではなく、三振かホームランかの大勝負を出来る自分に生まれ変わるのです。
特にこのような、ほどよく濁った河川は大きなヤマメが釣れる気がします。同じ河川の別のポイントへと移動します。
* * *
小さなポイントですが、目の前には魚がうじゃうじゃ溜まっています。
なわばり意識が強いヤマメは、自然河川ではこんなに密集して集まらないはずです。この群れ方はきっと、アブラハヤでしょう。
その密集を避けるように淵に毛針を落とすと、たむろしている小魚とは貫禄が違う大きな魚が、スローモーションのようにゆったりと浮かび上がって毛針をそっと口に入れました。
うまく毛針に掛かったようなので、足元まで寄せてみます。
宣言通りの大物です!
・・・。
写真ではわかりにくいですが、手元に寄せるまではそれとわからないくらい大きなアブラハヤでした。
何を食べ続けたのか、ただひたすら、貫禄だけがあり、上から見るとウグイのように見えるほどの分厚さです。私の過去の最大アブラハヤを更新したかもしれません。
写真を撮影したということは、ちょっとだけ嬉しかったのでしょうか・・・。
* * *
次のポイントで毛針を水面に落とそうかと構えていると、魚が空中の毛針に向かって高々と舞い上がりました。今のジャンプ力を見ると、当然ヤマメでしょう。
また同じように毛針を空中で止めていると、またも魚が空中に飛び出してきて、毛針に掛かりました。
私はブログ掲載用の動画をYou Tubeに出していますが、私が動画をアップロードする度に、チャンネル登録している人が気持ち良いくらいに減っていく、という現象が起きています。映像美に感動しすぎて、滂沱の涙で画面が霞んで間違えてクリックしているのでしょうか。
しかし、それにも全く構わずにしつこく動画を撮影し続けているのに、ヤマメが天高く舞って見事毛針を口に入れたこの瞬間だけ、なぜか動画を撮影していませんでした。
天文学的な数の釣れないニートファンにエキサイティングな映像を御覧いただけるチャンスだったのにと後悔しながら、次のポイントで毛針を浮かべると、今度は大きな魚が突進してきました。
女性の手首くらいありそうな太さのヤマメで、私がここ8年ほど釣っていない尺ヤマメと呼べるサイズかもしれません。
釣り上げてわざわざメジャーで測定してみると、20センチしかありませんでした。
・・・?
皆様はきっと
「またニートがホラを吹いている」
とお思いになったでしょうが、そうではありません。熱膨張という言葉をご存知でしょうか?
この日は日中、最高気温が30度に上がっていました。
今日の暑さでメジャーが熱膨張をお越してしまい、基準が大きく狂ってしまったのでしょう。
「ヤマメは30センチだった」ということで皆様ともようやく折り合いが付きましたので、釣りを続けたいと思います。
その後、毛針に反応が無くなったので、またもカワゲラの成虫を捕まえて浮かべてみましたが、魚は食いついてくれませんでした。
車に戻って自分の空腹感と向き合っていると、私の存在に気がついていないのか、車の横にアナグマが休みに来ました。
何かを深く考えているような顔つきで、先程目の前の岩の上でウロウロ哲学していたカワゲラの姿を思いました。
* * *
翌日は知人の案内で福井市を観光します。訪れたのは知人の自宅近くの丹巌洞という由緒正しきお庭です。
今は料亭になっているのでそのお客さんだけが入れるのだそうですが、庭先で興味深そうに見ていると、今まさに福井に降り立ったカンボジア人のような私が健気だったからか、偶然遭遇した料理長のご厚意でお庭に入れていただくことが出来ました。
門の中は外からは想像も出来ないほどの異世界になっています。上を見上げれば首が痛くなるような巨木があり、足元は美しい緑の苔が絨毯のように覆っており、門の外とは気温も2度ほど違っているように感じます。
同行してくれた知人が子供だった時代にこのお庭を無邪気に走り回っていたところ、豪快にヌード写真が撮影されていて驚いたと言っていましたが、それも納得です。このお庭に来てヌード写真をイメージしないヌード写真家(?)が居たら、もうその方はヌード写真家としては引退を考えないといけないでしょう。
入り口近くには異質なお庭の中でも段違いに異様な妖気を放っている建物があります。これは江戸時代に福井藩のお医者さんだった山本瑞庵が別邸として、お客様をおもてなしするいわば「客間」のような立ち位置で作った建物だそうです。
この建物を時の藩主である松平春嶽や、横井小楠、橋本左内も訪れたとか。と書いてみましたが正直なところ、彼らについて何の知識もありません。多分有名人なのでしょう。
この中に入れば外界での悩み、例えば自宅のリフォームの相見積りのこととか、墓参りに行かないとうるさい京都の親戚と関わらずに夏を終わらせる口実とか、そういうことは一切頭から消えてしまいます。
丹巌洞を存分に楽しんだ後は、福井城の横にある養浩館庭園を散策します。こちらは福井藩主の別邸で、池を中心にした豪華な作りになっています。ほとんど人も居ないので藩主になった気分で後ろ手で池など眺めていると、こ案内をボランティアでやっている高齢男性の呼びかけで、お月見の間に集められました。
この手のボランティア爺さんは
- 基本コミュ障だが、家に居ても奥さんから鬱陶しがられるから仕方なくボランティアをしている
- 話をするのが大好きで、聞き役を獲得するためにボランティアをしている
の2パターンかと思います(本当の歴史好きなら、素人相手の講釈など楽しく無いでしょう)が、今回の方はどちらでしょうか。
お月見の間には私と友人と、韓国人の男性の3名が横に並びました。
ボランティア爺さんはお月見の間の外に立ち、部屋の中に座る我々に、「将軍は皆様がお座りになっている場所から、雲の形に切り取られた板と、その向こうの池に映り込む月を眺めて、月見を楽しまれていたようです」
などと説明します。続いて韓国語の彼には韓国語か英語で説明をしてさしあげるのかなと思ったのですが、どうやら韓国語も英語も全くわからないようで、月の英語の「ムーン」すら出てこない様子でした。
なぜこの状態で、日本語しか話せないことが事前の会話で確認できていた韓国人の彼をこの場に座らせたのでしょうか。どうやらボランティアの方は②の話好きタイプの爺さんだったようです。
おじさんはその後も全ての説明を日本語で気持ちよく歌うように解説し、その後両手を広げて少し首をかしげながら
「Ah~」
と、一瞬だけ外国語で話す雰囲気だけを出し、結局最後まで母国語と苦笑いだけで走り抜けて行かれました。
なぜ英語を思い出す時だけ欧米人のような仕草をするのか、また、それだけはなぜ完璧なほどに出来るのかわかりませんでしたが、無事に福井観光を楽しむ事ができました。
* * *
夕食はおっさんが1人で食べるにはお洒落過ぎ、かつ美味しすぎな福井の隠れ家「ベッキエッタ」でイタリアンを堪能しました。
お料理に釣られてワインをしこたま頂いたので後半はいつも通りに記憶喪失になっています。