「黒部を経験せんと、渓流釣り師とは言えんよ」
私の数少ない釣り友達である中森くん(仮)からのやや無理のある誘いに応じる形で、富山にある立山黒部で山歩きと合わせた渓流釣りにチャレンジしました。薬師沢小屋という山小屋を拠点で4日間、電波が入らない地域で渓流釣りに没頭する行程です。
富山経由で車で移動し、今回の釣り旅を昨年1人で経験したという中森くん(仮)と二人で折立駐車場で車中泊します。
駐車場には他にも車中泊のグループがかなりあるようで、しんと静まり返っているわりに、隠しきれない熱気が車内から漏れ伝わってきます。
少し仮眠して夜中の3時に出発する予定のため、夜9時には寝る準備に入ります。乗用車のシートを倒してもフルフラットにならず、すぐに寝られるわけも無いでしょう。
友「こんな時間やしどうせ寝れんけど、眼だけでも閉じとこうや」
私「そうですね」
・・・。
友「ンカァーーーーッ。ンカァーーーーッ!」
私「!!!」
「どうせ寝れんけど」と言い放った30秒後に痛快な寝息を聞かせてくれた同行者から翌朝
「お前、昨日は気持ちよさそうに寝とったな~。」
と言われるとは、この時は知るはずもありません。
そんな同行者が夜中2時頃にトイレに起きたことをきっかけに、予定より30分ほど早く山歩きを開始することになりました。40歳目前の我々に、もう一度寝入る体力はありません。
慣れないステッキを持ち、ヘッドライトを装着して出発します。
* * *
山歩きについては同行者に頼りきりで下調べをしてこなかったのですが、思ったよりも急な坂道であると出発直後に気付きました。
10キロほどの重量を担いで寝起きの2時半にビルの階段を上がり続けるとすれば想像するだけでもめまいがしますが、私はそれを甘く見ていました。
結局山歩き開始から1分で帰りたくなり、10分もすれば後戻りするだけでも怖いので帰りたくもなくなってしまっております。ただ惰性で足を進めること10分地点での映像です。
【黒部に行きたい人向け】薬師沢の釣りに必要な道具や事前準備(有料記事)
冗談を言う元気も既になくなっています。
しかしこの時点では行程の18分の1までしか来ておらず、
「もう半分まで来たな」
というような魔法も使えず、考えることすら放棄して重くなった足を機械のように前に繰り出す動きを繰り返します。それにしても、腰も肩も痛い・・・。おかぁさn・・・。
それから1時間ほどロボットになりきっていると、学校の理科の授業が瞬間的に楽しいものに思えてたり、隣の席の凡庸が突然可愛く見えてくるような感覚で、わずかに体に元気が戻ってきたような感覚になりました。
1時間半ほど歩くと、周囲がわずかに薄明るくなってきました。
木の板が敷かれた「木道」と言われるエリアです。映像で見れば何てことの無い道ですが、実はここが最大の危険ゾーンであったことを薬師沢小屋到着後に知ることになります。
* * *
濡れて滑る木の板に苦労しながら
「次の広場まで出たら何か食べよう」
「やっぱりあの木の下まで行ったら」
と、永久に近づかないにんじんを自らブラブラさせることで何とか距離と時間をごまかし、重い体を上げていきます。
こんな時、絶景の中で馴染のある可愛い女子が自然な笑みでそっと応援してくれたらな・・・。
そんな想いで水を飲もうとペットボトルを取り出すと・・・。
確かに見覚えのある女性が自然な笑みを浮かべていますが、頭の上に不自然なものをお被りになっており、私の知人では無いようです。
アパ汁で喉を潤し、薬師沢小屋の2/3の地点にある太郎平小屋を目指します。ここで美味しいラーメンを提供しているようです。
そのラーメンを楽しみにしてスタートから3時間半、6時前にようやく太郎平小屋に到着しました。いつもならぐっすり寝ている時間に既に疲労困憊です。
標高で言うと1,300メートルから2,300メートルまで上がっているので、重い荷物を背負ってスカイツリーと東京タワーの両方を階段で登ったのと同じ労働量になろうかと思います。
楽しみにしていた太郎ラーメンは11時から注文可能とのことです。価格については山仕様ですが、営業開始時間は平地の食堂でした。
しかし屋根付きの椅子で休憩出来るのは幸せです。電波が入る最後のポイントなので天気予報だけチェックして、出発です。
* * *
太郎平小屋に宿泊している人も多く、20~30人ほどの登山客とすれ違いましたが、年齢層は40代以上がほとんどで若い人はほとんど見かけません。きっと若者はもっと楽しいことしてるんでしょうね。私は何が悲しくてせっせと荷物をスカイツリーの上に運び、そのまま降りてくるのでしょうか。
そこからまた坂を下ったり、また登ったり、登ったかと思えばまた降りたり・・・荒い息を吐き続けるうちに、出発後初めて川が見えてきました。
折立駐車場から薬師沢小屋までの8割くらいの地点まで到達したでしょうか。濃い霧の中で現実感が無く、前人未到の地に来たような気分です。
こんな山奥に流れている河川とはどんな細流かと覗き込むと
「ドッッッザァア~~~~~」
という、渓流というよりダムの放水口を思わせる轟音が聞こえてきます。標高に標高が見合っておらず、なんだかバカにされたような気分です。
川にカメラを入れると案の定イワナが泳いでいましたが、釣りは我慢してひとまず薬師沢小屋に向かい、出発から6時間後の8時半、薬師沢小屋についに到着しました。