福岡と大分の県境あたりにある河川で渓流釣りをすべく、大分に住む武藤くん(仮)と合流して山に向かいます。
彼は自分が魚を釣ると大喜び、釣れないと馬券を外したおっさんのように露骨に不機嫌になる男です。
しかしそんな内面に潜む強い自我を抑え込んで地方公務員として仕事をしているせいで本人が望んでいない出世コースに祭り上げられるようなややこしい男だけに、その素が顔を出すとどこまでも歯止めが効かなくなる傾向があります。そのため、彼にも必ず魚を釣ってもらわないといけません。
福岡と大分の県境にある漁協が管理していない河川に入りました。
入渓点から私が上流に、武藤くんが下流に進みます。
冷たい雨に打たれながらルアーを流すと、魚が食いついてきました。しかししっかり針に刺さらなかったのか、針からあっさり外れてしまいました。
漁協が放流していないにも関わらず、魚がこの川に居ることに勇気を得て再度ルアーを投げ込むと、またも魚が食いつき、一度針には掛かったもののまたもバレてしまいました。
投げる→食う→バレる→投げる→食う→バレる、というサイクルを5回ほど続けた時、はたと立ち止まりました。バラし続けるというミスに対して、何らかの対策が必要なのではないか?
しばらく考えてみたものの何の対策も思い浮かばず、私が出した結論は
「もっとたくさん投げ続ける」
でした。運良くしっかり引っかかる魚が居ることを願うばかりです。
ちなみに釣りを終えた後にTwitterで5回連続でバラしてしまったことを白状したところ、釣り上手と思われる方から「フックの先を研いだ方が良いよ」とコメントを頂きました。きっとこのコメントを見た方の多くが
「当たり前だろ」
「まずは魚に近いところから考えるよな」
と思われたことと思います。しかし、スマホの前で膝をポンと打った男が1人だけ居ました。そう、私です。釣り歴は25年ほどになろうかと思いますが、今まで針先など気にかけたことも無かったのです。
* * *
しかし針先アドバイスを頂いたのはこの日の釣りを終えた夜のこと。現場では完全に無策なままでルアーを投げ続けている私が居ましたが、魚とて私と同様に無策でした。わずかに朱点があるアマゴが釣れました。
この漁協が無い河川にヤマメが生息していることがわかって嬉しく思ったものの、もう一つの心配が頭をもたげてきました。友人の釣果です。
下流側で釣りをしている彼にLINEをしてみると
「未だ魚の反応を得られていない」
とのこと。これはマズい。彼は釣果に恵まれないと2時間も釣りを継続することが出来ないという人間で、さらに同行者が魚を釣れば釣るほどその耐久時間はみるみる短くなります。
もし私だけが釣れた状態で本日の釣りを終えてしまうと、帰りの車中、そして食事、明日からの釣りの雰囲気にも影響は免れえないでしょう。釣りをしにきたのに、釣りを話題から巧妙に外し続ける必要が出てきます。
彼が竿を出していた下流側では反応が無いとのことだったので、私は一匹釣った時点で釣りを中断し、彼を上流側に呼び寄せます。
すると既に魚が釣れない不機嫌が顔を出しているらしく「もう疲れた」と面倒くさい彼女のようなことを言い出しました。
普段、彼が同僚や友達集団に見せている機敏かつ若々しいヤマメのような姿はどこにもなく、3日前に死んだニゴイのような目をしています。
彼の心中を察した私は目の前の大きな淵に彼を押し出して「このポイントだけ、投げてみて!」と無理を言ってルアーを投げさせます。
何かが取り憑いているのかと思うほどぐったり下がりきった両肩を億劫そうに動かして武藤くんがルアーを投げると、二投目でヤマメが掛かりました。しかし彼の方もうまくフッキングが決まらず魚はバレてしまいました。
・・・。
これで本日の我々の不幸な夜は決まった・・・。そう思えましたが、彼は今日初めての魚の反応が嬉しかったらしく
「やる気が出てきた!」
と入学式を迎えたピカピカのいちねんせいのように、肩で風を切って次のポイントへと向かっていきました。た、単純・・・。
そして次の流れ込みで、見事ヤマメを釣り上げました。
彼の肩からは憑き物が、私の肩からは重き荷が降ろされました。
身軽になって川を見てみると、魚が水面に姿を表している様子が観察出来ました。二匹目はルアーではなく毛針で釣ってみたいと思います。
チョウチン釣り方式で水面に毛針を浮かべると、魚が勢いよく食いついてきました。魚を釣るために毛針を浮かべているのに本当に魚に食われると心臓が飛び出しそうになってしまい、選挙に当確した新人の政治家がバンザイするほどの勢いで竿を煽ってしまいました。
すると、勢い余ってのべ竿の先端とラインとを結びつける黄色い「リリアン」という紐のようなものが竿先から抜けて、流れの中に針や糸ごと引き込まれて行ったようでした。
毛針や竿先を無くしてしまったのは仕方ないとして、口に毛針と糸と竿先を付けたまま生活するのはヤマメにとって大きな障害になるでしょう。しかし川から回収するのは不可能かと諦めていましたが、先程まで亡霊を背負ったニゴイの死骸だった男がいつの間にかエリート県庁職員の鋭い目線に戻り「竿先が水中で揺れていますよ」と、ヤマメが水中に引き込んだ黄色い紐がわずかに見え隠れしていることを教えてくれました。
水中にガバガバと入って黄色い紐を回収すると・・・。
糸を手繰り寄せると、ヤマメも付いていました。
「釣れました~」と言っていますが、こんな釣り方が許されるのでしょうか。
結局二人で仲良く二匹ずつを釣り上げて、機嫌よく川を後にすることが出来ました。
ゲストハウスにて料金トラブル
その日は同行者と二人でゲストハウスに宿泊しました。
飲食店と併設されているとてもオシャレなお宿です。お店はご夫婦で運営されており、宿の案内は郵便局の窓口に居そうな優しそうな旦那さんが対応してくれました。
その宿は相部屋方式のドミトリーと個室がありましたが、3連休で混雑が予想されたため、安いけれど他の方と同部屋になる可能性があるドミトリーではなく二人で使える個室を予約しました。
しかしその日は夜11時になっても我々以外に1人の宿泊客も来なかったようだったので
「空いているなら他の部屋も使わせてもらえませんか」
と申し出たところ
「構いませんよ。ドミトリーでも個室でも良いですが」
と言いながら個室を見せられたので、そのまま個室を使わせてもらいました。
* * *
翌朝、オプションの朝食を頂いた後で精算しようとすると、一人の部屋料金が4,000円のはずが6,500円を請求されていました。
私は何が起きているのかわからず説明を求めたところ
「昨晩二部屋使われましたので」
確かに言われる通りではありますが、解せない気分を抱えたまま請求された通りの金額を支払い、一度荷物を取りに部屋へと戻りました。
私の同行者は釣りをしていないときはトラブルが嫌いな平和主義者です。公務員という職業を考えても、事を荒立てたくない立場でしょう。一方、私はしがみつく立場も守るべきポジションも無い、ブロガー崩れのニートです。私が戦うしか有りません。10分ほど悩んでから、意を決してレジへと向かいました。
郵便局員風の男性に料金について話があると伝えたところ先程と同じように
「二部屋使えば二部屋分の料金がかかるのは当たり前です。二部屋分の掃除の人件費がかかります」
と説明してきたため、私は
- 事前に別室の料金説明が無かったのは悪質である
- 個室とドミトリーどちらを使っても1人部屋になるならわざわざ高額な個室を使う人は居ない
- ゲストハウスではコロナ以降は特に、空きがあればドミトリー料金で個室を使わせてくれることも多い
この3点を主張しました。すると彼は
「で、では一人分はドミトリー料金にしましょうか?」
と言いながら、私にはっきりとわかるほどの不覚の表情を見せてくれました。
押せばいけるぞと確信した私は「それでは困ります、もとのツインの料金で無いと」
と、このまま引き下がるつもりは無いぞと言外に匂わせるためにドカッと荷物を地面に下ろしたところで彼が折れ、ツイン料金との差額が返金されました。
私は高校生1年生の時に父親に8,000円ほどの釣り竿を買ってもらいましたが、その中古の竿を購入するときにレジで値下げ交渉させられたような、令和の世界では考えにくい世知辛い世界で生きてきた雑草です。なので、郵便局員の両親の子として何不自由なく育てられた旦那さんとは必死さの差が出てしまったかもしれません。
ちなみに私の見立てでは旦那さんは基本的に優しい人なので、私に部屋を案内してくれた時点で追加料金を取るつもりは本当に無かったように思います(であればその時点で料金の話はしているはず)。
おそらく彼に「ダメ元で追加料金を請求してみろ」と入れ知恵をしたのは、彼より年増に見えるあの嫁で間違い無いでしょう。私が店を出る時、レジの横で一部始終を見届けていたその参謀嫁は私に挨拶すらして来ませんでしたが、私は心のなかで永遠のさよならを告げていました。