前日、大量のイワナの群れに遭遇しながら大した釣果を得られなかった我々は、昨日とは別のポイントに入ります。
釣り場に入ると、私が車にルアーボックスを豪快に忘れてきたことに気が付きます。あれだけ友人の忘れ物グセをバカにしながら、私も大差ありません。
忘れ物を取り戻して釣り場に戻ると、昨日と変わらぬ方法で友人がミノーを下流側に投げて引っ張る方法で早速大きなニジマスを釣り上げました。
40センチを越えるくらいの大きさでしょうか、このサイズになるとニジマスらしいパワーを発揮してくれるから羨ましいな・・・と思いつつ、私ごときでも北海道では何度か釣り上げたことがあるサイズです。
今回わざわざこの場所まで8時間かけてやってきたのは、もう一回り大きい、自分が見たことの無いニジマスを釣り上げるためです。
その後イワナなど釣りつつ上流に向かっていると、魚が群れるポイントに遭遇しました。
水中カメラを入れてみたら魚が群れていたとか、遡上魚が群れているとか、あるいは放流されている魚がという状況は有りますが、放流の無い自然河川で、陸上で、しかもカメラでもはっきりわかるほど30~40センチのニジマスが群れているポイントは人生で初めて遭遇しました。
ルアーを投げれば一匹くらいは何とかなるだろうと思いましたが全てのニジマスに鼻であしらわれ、半べそで釣りを続けるうちに予定外の大雨が降ってきました。
河原が無い河川でもし鉄砲水などが出たら逃げ場もないため、増水する前に引き返します。昨日沼に突進して行ったダニエルも、この大雨には危険を感じてくれたようです。
待望だった2日目の釣りはこれで終わりか・・・。確かに多少大きめのニジマスは居たけれど、そもそもこんなガタガタ道を長いこと走らないといけないポイントだとは知らなかったし、なんかその対価に見合っていなくないか?
1人でこんなところまで来たくないから「デカいニジマスが居る」と嘘をついて俺に相手させたな?
2人なら運転も変われるし、熊対策にもなるし遭難リスクも下がるし、俺はわざわざボディガードとして半日かけて呼び出されたということでしょうか。忘れ物癖は仕方ないとして、彼が本来持っている優しさまで疑いが出てきてしまいました。
相変わらず強い雨は続いていますが、脱渓点の近くであれば危険も少ないでしょう。その目の前でただ惰性でルアーを投げ続けると、これまで釣ったことはもちろん、見かけたことすら無いようなサイズのニジマスが掛かったので、映像をご覧ください。
最も大切なところでのダニエルの失態報告に翻弄される瞬間も有りましたが、彼のサポートも有り無事に釣り上げることが出来ました。
大きなニジマスには散々切られ、バラされ、逃げられてきたので本当に釣れるなんて・・・。
釣りで満足感を得られるという人生でも珍しい経験に浸りながら駐車場まで戻り、道具を片付けます。
そう言えば前日、私が車のドアを空けたままゆっくり着替えをしていたところ、ダニエルに車のドアを閉められたことを思い出しました。大雑把な者同士かと勝手に一括りにしていましたが、虫が車内に入るのをかなり嫌がる方だった模様。そうです、地元の小学校史上初めて難関中学校に合格した神童である彼は、睡眠に問題を抱えるなど繊細なところも持ち合わせているのです。少し忘れ物が多いくらいでがさつな人間としてくくって良いはずがありません。
この日はそれを反省し「早くドアを閉めないと・・・」と大急ぎで後部座席の荷物を出し入れしつつ、トランク部分を使っているダニエルの様子を観察してみると、彼はトランクを開けっぱなしにしてタバコを吸っています。
あれ?
さらにスタスタと歩き出したと思うと立ちションをし、同時に
「ブヘ~~!」
と言う巨大な放屁をカマしています。
・・・。
色々考えてしまったこちらの早とちりだったようで、陽気で大雑把だと捉えて問題無さそうです。
長い長い帰り道はダニエルと釣り場での忘れ物談義で盛り上がります。小物系は言わずもがな、釣りに行くのに竿を持っていない、ウェーダーを持っていない等のひどいエピソードで双方一歩も引かない有様です。
ダニ「でもさすがに車の鍵を無くしたことはありませんね」
と言っており、それは確かに私も失くしたことはありません。
・・・アレ?
今パソコンの前で大事なことを思い出してしまいました。今から8年前に友人と一緒に熊本県の球磨川で釣りをした時の記事をそのまま引用します。その友人とは「車の鍵だけは失くしたことが無い」と断言したダニエルのことです。
楽しく釣りが出来た我々は、宿泊先の山小屋さんでの美味しい朝食を終えて再度川に出かけます。すると同行者殿が今度は
彼「あれ、どこへ行ったかな・・・。車のカギが無いな。」
と言い出しました。
私「そうですか、どこですかね」
車から降りて半径10メートルの範囲しか動いていないので、すぐに見つかるだろうと気にせず探すフリだけしてみましたが、しかし、5分経っても10分経ってもカギは現れません。店員さんも出動して探してもらう展開になり、その後ようやくカギが出てきた模様。
彼「カギ、ありましたよ」
私「そうですか、どこにありましたか?」
彼「帽子と頭の間に挟まっていました。」
私「は?」
彼「帽子の中にカギを入れたまま、被っていたみたいです。ハハハ」
私「ワハハ・・・。そんなこともありますよね!」
そんなことがあってたまるかという言葉をなんとか飲み込み、川へと向かいます。
頭と帽子の間に鍵を隠すイリュージョンで店員さんを動員はしたものの、10分で見つかったということは「失くしていない」と同義である・・・と認識されているようで、彼の「失くしていない」の守備範囲の大きさを再確認しました。
* * *
最終日は春別川で釣りをします。
春別川
この日も開始直後にダニエルが40センチほどと思われる太いニジマスを掛けていましたが、惜しくもバラしてしまいました。
振り返ってみると昨日も昨年の釣りもそうでしたが、ダニエルは川に到着した直後、それも3投以内に立派なニジマスを掛けることがお約束になっていることに気が付きました。さて、これはどう考えれば良いのでしょうか?
最初は釣り開始時にあたる6~7時頃が最も活性が高いのか・・・と思いましたが、であれば私も同じタイミングでヒットさせているはずです。彼の特性である南米選手特有の集中力の問題で朝の3投くらいしか集中して取り組めておらず、4投目からは今日の夕食の検討に脳内リソースを支配されていると言うことでしょうか。
ブラウン、ニジマス、ヤマメなどを釣りながら2人で進むと、常に私の前を行くダニエルが急に引き返してきました。先に行っていてくれと言うので遠方からはるばるやって来た私に釣り場を譲ろうと気遣ってくれたのかと思いましたが、
ダニ「ルアーボックスをまるごと忘れてきてしまいました」
とのこと。
ルアー交換をした時にボックスごと置いてきたことに気がついたのだそうです。
・・・。
彼ほど忘れ物の自覚があれば、移動する際には忘れ物が無いかを毎度確認する習性は手に入れているはずですが、忘れ物をしがちであることすら忘れ、後ろを振り返ることも無く次のポイントに突進してしまったのでしょう。
義務感や世間的な風潮に動かされることが皆無である一方、自分の意欲にはどこまでも正直で、どんな障壁があっても全力で手に入れようとする・・・。「やりたいことが見つからない」という若者の対局にいる大人であり、ある意味で最も潔く、動物的で熱量のある生き方をしていると言えるかもしれません。
忘れ物を取りに行くダニエルの背筋はあくまで伸びており
「過去など振り返らず、小さな失敗を恐れず、楽しいことに全力で取り組み死ぬのだ」
と言う前向きな覚悟が見て取れ、落ち込んだり卑屈になる様子は微塵もありません。

ダニエルが忘れ物を取りに行く間に私が先行して大物を釣りあげてやろうと意気込みましたが大した釣果を得ることは出来ません。彼と合流して共に大きな堰堤を探ってみたものの釣果は得られず、釣りを終了することになりました。
これで3日間の忙しかった釣りも終わりです。駐車場へと歩いていると唐突に
ダニ「奇跡です!」
と叫んでいます。竿を出していない歩行中にどんな奇跡が起きたのかと驚いていると、彼が小さな丸っこい人工物を拾い上げています。どうやらストックのパーツを途中で落としていたようで、帰り道に偶然それを発見できたのだとか。
そもそもそれを探しながら歩いていたのかと問うと
ダニ「いいえ、落としていたことに今気が付きました」
とのこと。
ものを失くすのが当たり前、拾えばラッキーと言う「欠損する」という思考が無い人物なのでしょう。ストックを「元通りに治した」のではなく「完成」させた彼は宝物を遂に見つけた子どものように、どこまでも嬉しそうです。
今までも失くして気がついていないものがとことん有るのだろうな・・・。この高級ロッドを隠し持って帰ってみようかと思いましたが、数年後に実は私が隠していたことを報告してもその竿を保有して失くしていたことすら忘れている可能性が高く、ドッキリとして成立しえないことは間違い無いだろうと思われるので、やめておきました。
そう言えば昨日、ダニエルが「みんな忘れ物とかしないんですかね?」と言うので、凡人は目の前のこと、スマホ忘れてないか?鍵はあるか?など些末なことに夢中なので、大きな事業を成すことが無いのです、と冗談を行ってみたところ
「なぁんだ!」
とまんざらでも無い様子でした。彼はもう40代になっていますが、彼の意思と能力があれば何かを変えることが出来る人では無いでしょうか。
当日は苫小牧に宿泊して2人で最後の晩餐です。チェックインに手間取るダニエルを残して先に部屋に入ってスマホを開くと、ダニエルからメッセージが入っています。
こちらの宿の予約は任せなくて良かった・・・。彼の症状もここまで来ると長嶋茂雄さんでも到底及ばないのでは無いでしょうか。
事を成すには優秀なアシスタントが10人ほど必須でしょう。













