ビワマスとは
ビワマスは滋賀の琵琶湖にのみ生息している希少な魚です。
生態はヤマメやアマゴとよく似ており、かつてはアマゴと同じ魚だと思われていたそうですが、外見や生態、遺伝情報が微妙に異なっていることから、現在はヤマメやアマゴとは違う種類に分類されることが多いようです。
ヤマメやアマゴは河川で生活し、その一部が海に降ってヤマメはサクラマスに、アマゴはサツキマスになります。
ビワマスの産卵
ヤマメが海に降りてサクラマスとなって大きくなるのと違い、ビワマスは琵琶湖を海のように使って大きくなります。
ヤマメやイワナの多くが河川に残って生活するのと異なり、ビワマスはその全てが琵琶湖へと降ります。
そして産卵期である10月~12月になると40~60センチに成長したビワマスは琵琶湖の北部の河川に流入し、河口から数キロの範囲内の「中流・下流域」と呼ばれる箇所で産卵します。
ヤマメ、アマゴ、イワナが河川の上流域で産卵をするのとはこの点で大きく異なります。
ビワマスが遡上する河川としては、石田川、知内川、高時川が有名で、そのほとんどが琵琶湖の北部に集中しています。
ビワマスは美味い・・・らしい
ビワマスはサクラマス、サツキマスと同様非常に美味であることも知られています。
ビワマスうめぇ pic.twitter.com/LxqQ9C9sLo
— 澄 (@ZdFSQ8EWZvejIRx) October 24, 2020
私も一度だけビワマスの刺し身を頂いたことがありますが、味音痴のためチリやノルウェーで養殖され、ぶくぶくに太らされたアトランティックサーモンとの違いは全くわかりませんでした。
でも、確かに美味しかったです。
ビワマスの産卵遡上見学へ
今回見学した場所は知人から聞いた場所のため具体的な記載は避けますが、ご了承ください。普段、天然ヤマメの河川など、ポイントを伏せる場合は有料記事で販売することが多いですが、今回は購入する方も居ないだろうと思い、伏せたままで進めさせて頂きます。
鴨川
初日、マップでなんとなく目星をつけていた滋賀県西部にある河川沿いを車で走っていると、広いスペースに車が10台ほど停まっている箇所が目に入りました。
これだけ人だかりが出来ているということは、ビワマスが来ているのでは無いでしょうか。
川をのぞき込むと、おじさんが持ち上げている投網の中に大きな魚が入っています。
ビワマスのようです。
憧れのビワマスです。
私は数年前からビワマスに憧れ、その対面を待ちわびていました。
事前の妄想では、
「私が水面にじっと目を凝らすと、悠々と泳ぐビワマスの姿がぼんやり浮かび上がってくる・・・。ビワマスは私の至近距離にいるが、産卵直前のモードに入っているため、一切逃げない。
私はそれをじっくり観察しながら、撮影する。左手にはワンカップ大関。時が止まっているような・・・。」
・・・となることを妄想をしていました。
しかし実際のビワマスとの初対面は、何の希望も持たず、嫁や子供に粗末に扱われ、唯一の自慢は地元出身の中途半端な政治家とのツーショット写真。
そんな私にそっくりのおじさんやじいさん達にぶらさげられた(聞いたわけではありませんが)みじめなビワマスでした。
さらに、私にとっては今回が記念すべきビワマスとの対面ですが、おじさん達からすると毎年恒例の行事になっているようで、まるで確定申告でもするかのように、当たり前の顔をして捕獲していきます。
これらのビワマスは食用ではなく、これから水産試験場に運んで精子と卵を搾り取って人工授精・孵化させ、放流に使われるとのことでした。
川にはビワマスを採取する人たちだけでなく、地域の人々も見物に集まっています。
私がカメラを持ってビワマスを撮影しているのを見ると、
「もっと前に出え!」
「よそ見しててどないすんねん!跳ねとるがな。」
など、見学者たちがいきなり指導教官に変貌し、ヤイヤイ言ってきます。
資産家の一人っ子として芦屋で育った私には少々面食らいました(←嘘)が、冷やかされながらも楽しく撮影させて頂きました。
夕暮れ近くなってきたので撮影を終了し、この日の宿である近江舞子の「Jホッパー」に移動します。
* * *
2日目はビワマスにもお詳しい写真好きの方にくっついて、湖北の河川に向かいます。
彼は私が最も好きな水中写真を撮られる凄腕で、防水カメラだけでなく普通のカメラを水中に入れて使うハウジングも使いこなします。
一方、私も水中カメラを持っているのですが、それを最も駆使したいこのシーズンを前に壊してしまい、「撮影は出来るけどモニターが壊れているので写真の確認が出来ない」という情けない状態です。
川をのぞき込むと、ビワマスがポンポン跳ねており、昨日行った湖西の川よりさらにビワマス密度が高いようです。
さぁじっくり撮影するぞと身構えると、どこからともなく一人の爺さんが現れました。
彼は強い流れをものともせずに川に入って行き、どんどんビワマスを捕えていきます。
このおじいちゃん、なんと85歳だとか。
この高齢なら30分も網を投げ続ければすぐに疲れて帰るだろうと見くびっていましたが、どこから体力が湧いてくるのか、一向に帰る気配がありません。
この青い網が2つ、一杯になっても捕り続けています。
30匹くらい獲ったんだから、もう良いじゃない・・・。
それでもまだまだ網を投げ続けます。
彼は2時間ほどの捕獲活動の間に網をひとつ流してしまい、さらに履いていたウェーダーにも大きな穴が空いた頃、ようやく30匹ほどのビワマスを引っさげて車へと引き上げていきました。
いよいよ、落ち着いて撮影が出来ます。
私は水中カメラが壊れていて水中では撮影が出来ないので、空中でジャンプするビワマスを撮影したいと思います。
そもそもカメラ素人の私ですが、遡上魚の撮影について二神さんというプロカメラマンが書かれていた記事を思い出して挑戦してみます。
確かシャッター速度は1/1000以下で設定すると書かれていたはずです。
それに従って撮影してみるも、なかなか上手く行きません。
これは、魚のジャンプが特大過ぎて、フレームからはみ出しています。
こちらは魚の形は綺麗に入っていますが、堰堤に向かって飛んでいないのか、空中浮遊のようになっています。
上流ではなく、一体どこに向かっているのでしょうか。横に移動するのであれば、なぜ普通に泳がないのでしょうか?方向性を誤っている、まるで私のようなビワマスです。
魚が跳ねた時に連射でシャッターを切り続けること30分ほど。
そのほとんどは何の魚かもわからない写真になりましたが、ようやくビワマスとわかる魚が写りました。
私にしては上出来の写真です。正直なところ、小声で
「天才かもしれん・・・」
とつぶやいていました。
確かに写真を拡大して見れば魚はガサガサで見れたものではありませんが、私と同じように写真に詳しくない読者であれば、バレることも無いでしょう。
近くで撮影している敏腕カメラマンに自慢しに行こうと、声をかけます。
私「写真、どうですか?」
彼「いや、全然良いの撮れなくて」
彼のカメラをのぞき込むと、たまたまその時に確認している写真とは思えないくらい綺麗に写っています。
私「綺麗じゃないですか!」
彼「いえ、拡大するとわかるのですが、ピントが全然合ってないんですよね」
拡大した写真を見ても、私にはピントが合っていないのかどうかすらわかりませんでした。
私「た、確かにそうですね。よく見えませんでしたが、ピントが甘いかもしれませんね。」
私もブログに写真を掲載している身です。私も彼の言葉に共感を示すことで「出来るカメラマン風」を装います。
彼「ところで、ニートさんはどんな写真が撮れたんですか?」
私「全部失敗ですね。」
彼「そうですか、もうちょっと頑張りましょう」
私は自分の最高傑作をついに見せることが出来ず、おずおずとその場を離れていきました。
* * *
気がつくと昼の12時を回っていたので昼食をとった後、一人で再度川に戻ります。
橋から先程の川をのぞき込むと、見たことのある人物が投網を打っています。
じ、じいさん!
85歳はビワマスを試験場に納品すると、さっさとシャワーを浴びて新しいウェーダーを履き、川に舞い戻ってきていたようです。
ビワマスが高い堰堤を苦もなく登っていくかのように、この老人も川でビワマスを捕獲するという宿命を背負っているかのような出で立ちで、ひたすら強い流れに向かいながら重い投網を投げ続けています。
彼の手伝いをしている70代と思われる方に話を聞いた所、85歳はつい先日奥様を亡くされたばかりで、お葬式も3日前に終わったばかりとのこと。
彼が「今年、ビワマスはどうすんの?」と尋ねた所、おじいちゃんは
「うん。お寺さんに話はつけたから、行っても大丈夫や」と答えたとのことでした。
寺の許しさえ得られれば気にせずビワマスを捕獲してしまうという彼の気力と体力に尊敬の念を禁じ得ませんでした。
私はおじいちゃんが網を打っている箇所を避け、先程と同じ箇所に入ります。
先程カメラマンが狙っていたポイントにカメラを向けますが、気がつくと私の後ろにビワマスが溜まっているようです。
上記の黒い影はすべてビワマスです。
後ろを振り返ってカメラを構えると、ほとんどズームがきかない私のカメラでも大きくとらえられる範囲でビワマスがジャンプしてくれていました。
堰堤の高さは1メートルほどですが、助走をつける深さが無いためか、ジャンプの成功率は20%程度です。
ほとんどのビワマスがこのように壁ドン状態です。
中には産卵する場所を地ならしするための穴掘り行動をしているビワマスもいました。もう数日以内にはここで産卵が行われるのでは無いでしょうか。
また、あるところでは2匹のビワマスが体を絡み合うようにぶつけあって戦っていました。オス同士の喧嘩のようです。
「男はおれだけで十分だ」とばかりに周りを威圧していく人がネット上にも会社にも(勤めてないですが)存在していますが、彼らの行動の根本はこのビワマスの雄と同じなのかもしれません。
と考えると、やたら声が大きいだけで話の中身の無い大林部長(53)も愛おしく感じられます。
ビワマス人工孵化の意義とは
今回の産卵遡上ウォッチングで、私が見た範囲だけでもビワマスは少なくとも300匹以上はいるように見えました。おそらく琵琶湖全体では数千という単位で遡上し、産卵に挑戦するのでは無いでしょうか。
もし遡上してくるビワマスが琵琶湖周辺河川全体で100匹以下などあまりに希少で、自然な産卵と孵化など望むべくもないなら人工孵化の意義はあるでしょう。しかし、これだけビワマスが大量に遡上してくるのなら、自然な産卵に任せておいてもビワマスの数はある程度は維持され、さらに一定数が食卓に出ても十分にお釣りが出るように思いました。
人工孵化が必要なほどには希少とは言えないビワマスを、大量に捕獲して、卵を生ませて、また放流する。おじいちゃん達はとらえたビワマスを水産試験場に販売(卵1粒1.5円程度と言っていたのでメス1匹で1,000円~2,000円?)することで、1日頑張れば1~2万円程度のお小遣い稼ぎになります。
とすると、この採卵事業は「じいさんたちの懐を満たすためだけの、採取と放流の無限ループ」になっている部分が大きい気がしており、根本的には河川環境を整備してこれだけ大量に遡上してくるビワマスが自然に産卵、孵化して戻ってくる環境を作らないといけないのではないでしょうか。
捕獲するじいさんが悪い?
では、お金になるからと言って無邪気に投網を投げ続ける爺さんを攻められるかというと、そうとも言えません。
もし私が爺さんの立場だとすれば誰よりも血眼になってビワマス=金に投網を投げ続けるでしょうし、彼らの中にも生活が掛かっていたり、公園で必死にハトに餌をやり続ける爺さんのように、かけがえのない楽しみとして漁をしている方もいらっしゃるでしょう。
なので彼らを攻めることは出来ず、捕獲したビワマスにお金を払うことや、ビワマスの捕獲を許可している状態そのものを見直さないといけないのでは無いでしょうか。
自然産卵だけでは不安?
一方で現在の河川環境では、完全に自然産卵にだけ任せておくのが不安な状況も一部の河川にはあるようです。
例えば、ビワマスが産卵する河川のいくつかは産卵と孵化に適した砂利底の河川ではなく、砂が多かったり、冬の間に水が枯れてしまう川もあるそうです。
すると問題は、川に水を供給する山の樹木や砂礫に行き着く・・・。
と、私が考えたことのようにここまで書いてみましたが、知人が言っていた意見を写経するがごとくに書き写してみたものです。
あぁ、気持ちよかった。知ったかぶりをして演説をカマすことの気持ちよさよ。
この考察を私に教えてくれた彼がこのページを読まないことを祈りつつ、ここにビワマス遡上観察レポートを終わらせて頂きます。
* * *
翌年はビワマスが産卵する瞬間を一応動画に収めることが出来ました。