和歌山県でカワムツしか釣れなかった我々兄弟は、奈良県に移動してきました。この河川は紀伊半島にいる在来種のイワナで奈良県が天然記念物に指定している「キリクチ」というイワナが生息しているエリアです。
キリクチとは
キリクチは和歌山と奈良の県境のいくつかの谷に生息していた独自の遺伝系統を持つイワナです。
しかし1970年以降に別の支流のキリクチが移植されたり、キリクチではないニッコウイワナが持ち込まれたり(キリクチの親同士をかけ合わせると生残率が悪かったのでキリクチと岐阜のイワナをかけ合わせるというアクロバティックな事件も)あり、キリクチの出自や元の生息地域まで含めて混沌としているのだそうです。
そんなキリクチの末裔を探しに奈良県内の弓手原を流れる川原樋川の禁漁エリア外に入りました。
アクセス | 大阪市から2.5時間(高速) 奈良市から2.5時間 和歌山市から2時間(高速) |
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対象魚 | アマゴ,イワナ(キリクチ) |
遊漁券 | 年券:7,000円 日釣:2,500円 |
管轄漁協 | 野迫川村漁業協同組合 |
入渓のしやすさ | ★★★☆☆ |
歩きやすさ | ★★★☆☆ |
魚の量 | ★★★★☆ |
魚のサイズ | 平均15㎝ |
※天然記念物の釣り場を無料記事に記載するとクレームが殺到することが容易に想像できましたので、具体的な釣り場は有料記事のみで記載します
前日の滝事件の影響で寝不足の頭で川に入ると、早速魚が逃げるのが見えました。魚影は濃そうです。
私はチョウチン毛針釣り、兄はルアーで釣ります。どんな形であれキリクチというイワナを見たいところですが、同時に渓流釣りにハマりつつある兄にも「一匹くらいは釣ってほしい」という気持ちもあります。
毛針を水面に浮かべると魚の反応がありますが、私の実力不足で針に掛かりません。水中カメラを突っ込んでみると、アマゴの姿が見えました。
さて一方の兄は相変わらずの天然ボケを発揮しており、根がかりを外すときに私に向かって竿をあおったり(もし外れれば顔面に向かってルアーがVRのように飛び出すだけでなく刺さるぞ)、私が後ろに経っているのに構わずロッドを振りかぶったりと危険行為を繰り返しています。
川を突き進んでいると、大きな堰堤が現れました。
場所が大きすぎて毛針では釣りにならず、「兄に釣って欲しい」という弟の泣ける配慮はどこへやら、兄のルアーロッドを奪い取って投げてみます。
しかし魚が付いていそうな流れ込みに投げても全く反応はなく、困り果てて手前の方にルアーを投げてみたところ、イワナが釣れました。
釣った後で気がついたのですが、そういえば私はキリクチというイワナがどのような特徴を持っているのかを調べてくるのをすっかり忘れていました。
「キリクチという独自の名前が当てられているからには、どうせ独特な見た目をしているのだろう」と思っていましたが、イワナは地域ごとに見た目が違い過ぎるので、このようなイワナであれば見たことがあるような無いような、とても曖昧な感想しか抱くことが出来ませんでした。
あえて私が感じた特徴を挙げるとすれば、イワナの中でも一段とヌルヌル感が強く、筒のように丸っこい頭を持っているように感じました。
その見た目はまるで養殖池で育てられたイワナのようで、それが逆に「キリクチっぽい・・・」と思えてきます。
写真ではとらえられませんでしたが、青いアイシャドウも綺麗です。
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場所を変えて別の支流に入ります。
ルアー釣りを諦めた兄が毛針を出すと面白いように魚が食ってきますが、視力と集中力に乏しい彼はボーッとして毛針を見ていないことが多いらしく、全く針に掛けることが出来ていません。
そんなことを繰り返していると、本日の夕暮れが迫って来ました。残り時間はあと少し。自宅からおよそ5時間もかけてキリクチの川まで来て、さすがに1匹で帰るわけには行きません。
兄がライントラブルを起こした隙を利用して目ざとく追い抜き、毛針を出します。兄に釣らせてあげたいなどという気持ちは太陽が姿を隠すにつれて私の脳内からも消えてなくなりました。
寝不足と魚への執着から目は恐らく血走っていたでしょう。冷静さを失くした私は、魚が毛鉤に食いつくと必要以上に大きくあわせたり小さすぎたりとミスを繰り返し、その度に鼻息は荒くなり足元がおぼつかなくなります。
それを繰り返していくうちに、ついに魚が掛かりました。
模様を見ると、白点があるどこにでもいるニッコウイワナらしい模様です。
しかし頭部を見てみると・・・
しっかりと模様が入っており、中国地方のゴギや北陸地方のイワナにも似ています。
なんだこれは・・・。と戸惑っているところで日が暮れてしまい、釣り終了となりました。
2匹目の頭に模様が入っているイワナはキリクチかどうか怪しかったですが、なんとなく1匹目はキリクチかもしれないと思いながらキリクチの説明書きを読むと・・・
先程記載しましたが、私が釣り上げた一匹目のイワナは頭部が特徴的に丸っこく、「頭部を刃物で切ったような形」とはまるで遠い姿をしていました。
やはり放流ものなのか・・・。撮影した写真をイワナの研究者に送って見てもらったところ、
「一匹目はキリクチである可能性が高く、二匹目もその可能性はある」
とのことでした。
どちらも白斑があったのでキリクチとは別のイワナかと思っていましたが、宮崎大学の岩槻教授の「キリクチの背部の白斑について」の論文では、白斑の有無でキリクチかどうかを判断することは出来ないとしており、私が釣った2匹にもその可能性があることがわかりました。
また、二匹目のゴギの模様については明らかにキリクチと無関係かと素人目に思っていましたが
更にキリクチには Hap-21 もみられる。Hap21 は典型的に背部の白斑が多く,別亜種とされる中国地方のゴギ(頭部背面の白斑が特徴)と同じ系統である。(一部抜粋)
としており、ゴギに似た二匹目もキリクチと関係がある可能性があります。
結果はDNA鑑定をしてみないとわからないとのことで、生存に影響が無いとされるアブラビレを保存し、後日チェックしてもらうことになりました。
さて、私は釣りあげた渓流魚を食べるわけではなくそのまま川に返す「キャッチ・アンド・リリース」を行っているので、他の人からはよく「魚が可愛そうだ」「悪趣味だ」と言われます。私も同感です。
魚の口に穴を空けるだけの自然破壊行為である私の釣りですが、「天然記念物のサンプル収集」と銘打つと、突然その悪趣味に意味を与えていただいたような、そんな気がいたしました。