2021年は夏が長く、10月に入っても真夏のような暑さが続き、10月14日までは滋賀の平地では最高気温が30度、最低気温が20度前後という夏日が続いていました。
しかし突然、10月18日に最低気温が13度前後に下がりました。アマゴは気温(≒水温)がぐんと下がった後に産卵モードに入るという情報を聞きかじったのを思い出し、急に涼しくなった18日に滋賀県の北部を流れる姉川に入りました。
目次(スクロールします)
姉川
※ピンポイントの場所は伏せておきます
私は5年ほど前からアマゴやイワナの産卵を追いかけていますが、これまで一度も見られたことがなく、当てずっぽうで川に入ります。橋の上から川をじっとにらんでいると、魚の姿が見えました。
普段であればヤマメやアマゴは流れが早い流芯や、深いところに居ることが多く、これほど陸上の人間からあ観察しやすい場所にいることは滅多にありません。産卵を意識していることは間違い無さそうです。
じっと見ていると、産卵床作りのために尾びれで石を動かし始めました。
アマゴを含めたサケ科の魚は水通しの良いゆるなかな瀬の底にすり鉢状の穴を掘ってそこに卵を産み付けるらしいのですが、まさに産卵床を雌のアマゴが作っているのでしょう。
窪みの横に水中カメラを仕掛けておけば、産卵とその前後の楽しい映像が撮れるはずです。
水中カメラを持って、先程アマゴが掘っていた穴の付近に近付こうとすると、アマゴは私の姿に驚いて深みに逃げ込んでしまいました。
さて水中カメラをセットしようとすると・・・砂粒の上に置いた釣具が突然姿を消すように、先程まで明確に見えていたはずの窪みが見えなくなってしまいました。適当にカメラを沈めるしかありません。
頼りなくレンズを向けているカメラを川底に残して草陰に身を隠すと、20分後くらいにアマゴが元の位置に戻って来ました。
アマゴは私の予想を覆して、なんと2台のカメラを向けているのと反対側に産卵床を作り出しました。
逆だった・・・。
アマゴが産卵床を作っていたのは、もっと奥側だった気がしたのですが。
私が全てを託したカメラはアマゴたちを背に、ただ水の流れを撮影するヒーリング的な映像を記録し続けたままで夜を迎えました。
夜はキシダハウスにて
その夜はキシダハウスという宿に宿泊です。値段は格安ですが清潔な個室に宿泊出来てホストも面白いので、姉川訪問の際には必ず活用しています。
当日は宿主の女性とゲストの女性が一緒に飲んでいるというので、私も参加させていただくことに。
宿主女性とは過去に3度ほどお会いしており、ゲストの女性とは初対面です。私が一通り挨拶をした後、話の流れから自分の年齢が35歳であることを伝えると、ゲストは目をまん丸くして
ゲスト「ママさっき、次のお客さんは40代なかばって・・・」
ホスト「え、あ、だってほら、そんな感じ出てるから・・・」
ホストはビール一缶で酔ったわけではなく元から正直な方で、一度オンラインで打合せをしたときには画面越しの私を見るなり「なんや、画面越しの方がだいぶマシな顔に見えるな」と褒めてしまうような方です。
私「まぁ、昔から老けて見られるタイプですので」
ホスト「老けて見られることをデメリットとは感じてないってことやな」
と適当にまとめられ、妙な空気を3人で均等に背負いながら夜は更けていきました。
* * *
2日目は釣り友達である友永さんと一緒に川に入ります。
彼は私の無茶にいつも付き合ってくれる方で、この日も雨が降る寒い河原での産卵観察という地味かつ辛い遊びに付き合ってくれました。
昨日アマゴの産卵準備を観察した場所をのぞいてみたところアマゴの姿が無かったので、彼が目星をつけておいてくれた別のポイントに移動して川沿いを歩いていると、白い背中のアマゴらしき魚がいました。
サケでも産卵のピークが近づくと体の側面が黒く、反対に背中が白くなっていく個体が居ますが、アマゴやヤマメでも同様の現象が起きるのでしょうか。
その魚は見失ってしまったので、さらに上流を目指します。ゴム底の靴で歩きにくそうな同行者を置き去りにし、勝手にどんどん上流を目指すと、アマゴが群れで浅瀬に出ている場所を発見しました。
私から丸見えになるほどの浅瀬に出ているということは、産卵を意識しているのは間違い無さそうです。
今回こそはアマゴが石を蹴飛ばす姿を水中カメラでとらえたいと、先程アマゴが石を掘り返していたところに近付き、水中カメラをセッティングしようとします。
しかし私が産卵床に近づいてアマゴが散ってしまうと、アマゴが産卵床をどこに作ろうとしたのか見失うという昨日と同じ失敗を繰り返してしまいました。
仕方なく後ろを振り返り、同行者に位置を確認しながら水中カメラをセッティングします。ガイド役であったはずの私が同行者に位置を確認するという失点を犯してしまいましたが、なんとか準備は整いました。
アマゴが戻ってこられるように、我々は10メートルほど離れた茂みに隠れます。我々の姿が少しでも水中から見えると気になって深みから出てこなかったので、完全に頭まで隠して、草の間からじっと産卵床のあたりを凝視します。
すると、アマゴが産卵床に戻って石をはたきだしました。
アマゴを含めたサケ化の産卵の流れですが、
- 雌が産卵床を作る
- 雌の横に雄が並んで産卵する
というのはなんとなく知っています。しかし①と②の間でどれくらいの時間を要し、どのようなむつごとを交わし合って産卵に至るのかを全く知らないことに気づきました。
つまり、いつ産卵が始まるのか、全く検討がつきません。
なので、雄が雌に近づいたり、雌と雄が縦になったり、アマゴが何かしらの変化を見せただけでも
「産卵じゃないか」
「お、ついに始まるぞ」
などと言って、いちいち腰を浮かして手に持ったカメラを向けていましたが、それらの動きは産卵とは全く関係が無かったようです。(雌は産卵の準備が出来たかどうかを産卵床に尻鰭を入れて確認する動きを繰り返し、それが終わると雄を誘い入れて産卵が始まるのだとか)
私と同行者は雨に打たれ、いつ始まるかもわからない産卵床をかすかに見ながら、まるでおしんのように、じっと待ちます。
突然ですが、私はヒトを除く動物を擬人化することをあまり好みません。例えば魚の産卵においても、産卵を「愛」と、受精卵を「愛の結晶」と表現する方もおられますが、「愛」などという枠組みを他の動物に当てはめることに強い違和感を感じてしまいます。
しかし、目の前で雄の魚と雌の魚が誘ったり追いやったり、雄が雌を横目に入れながら別の雄を牽制する姿を見て自分自身に重ねざるを得なかったようで、この日川沿いの僕らおしん二人組は産卵を待つ8時間のうちのおよそ7時間は性に関する下世話な猥談をしていたと思われます。
体が弱く、そして社会的な地位も低い私は、雌からも強い雄からも鼻であしらわれて、ヒエラルキー上位の雄雌が交わす愛の(!)あれこれを岩陰から息をひそめてじっと見ている弱い雄アマゴに終始同情してしまうのでした。
しかし雨降りの秋の山は想像以上に寒く、シモネタ程度ではどうにも温まりきれなくなってきました。
カメラを引き上げて動画を確認してみると、産卵シーンは撮影できなかったものの、上の映像のように産卵床を作るアマゴの姿がしっかり撮影できていました。
残念ながら翌日は終日雨予報だったため、朝はいつも以上にゆっくり寝ることにしました。
***
朝9時頃、ようやく目を覚ましてカーテンの下に目をやると、ギラギラと太陽が窓枠を照らしています。
スマホで天気予報を見ると雨予報が一転、雨の合間に晴れ間ものぞく予報に変わっていることに気付き、大慌てで産卵観察の準備をします。
昨日、アマゴが産卵準備していた映像をTwitterにアップしたところ、渓魚に詳しい方から
「明日の朝一番行けば、産卵が見られるかもしれないよ。」
とアドバイスを頂いたので、その言葉に従って昨日訪れたのと同じポイントを目指します。
カーナビ無しで道を5メートルと進むことが出来ない方向音痴のため、カーナビに昨日訪れた川の位置を丁寧にセットして現地に向かいます。
30分程かけて現地に到着してみると、昨日とは全く違う場所に来ていることに気が付きました。
途中、何度か見たことが無い道や川や建物に違和感を感じたもののカーナビを疑うほどの自信は無く、柴犬のようにナビに従順に突き進んだところ、どうやら昨日の川とは全く別のところをカーナビにセッティングしてしまっていたようで、姉川とは違う草野川という河川に来てしまいました。
草野川
※ピンポイントの場所は伏せておきます
今から昨日の姉川のポイントに行こうとすると、さらにまた30分程かかってしまうので、仕方なく草野川の上流を車で走りながら、当てずっぽうに川をのぞきこむことにしました。
すると、3箇所目くらいで明らかに産卵床とわかる掘り返されたような跡が見つかり、そこをじっと見ていると大きな魚の姿が見えました。
奥にいる魚は30センチほどの大きさで、穴を掘っているので雌の魚のようです。
このときは大アマゴだと思っていましたが、詳しい方の見立てではビワマスで有る可能性が高いとのことでした。
水中カメラをセットして車の中に隠れると、40分ほどでカメラの前に姿を見せてくれました。大きな雌が石を飛ばして産卵床を作り、その後奥の方で雄が別の雄を追い払っています。
この大きな雌がビワマスで有ると有識者が考えた理由は以下の通りだそうです。
- アマゴの成熟した雌にしては顔が優しすぎる(水中写真家A)
- 河川のサイズに対してアマゴが大きすぎる(水中写真家B)
- 成魚のアマゴにしては体高が低く、細い(ヤマメ研究者A)
- カップルがうまく成立しておらず、ビワマスとアマゴのペアでは(ヤマメ・イワナ研究者A)
- 背びれに明確な黒点があり、ヤマメアマゴには珍しい(釣り人)
一方、アマゴが有力だとする説は以下です。
- ビワマスの成熟メスはもう少し顔が丸くて臀鰭の幅が狭い(ビワマス研究者)
- ビワマスが遡上するには堰堤が高く、多い(水中写真家A)
ということでビワマスかアマゴか、確たる証拠はありません。
一方の雄については、琵琶湖に降らずに河川に残ったビワマスの雄とアマゴの雄を目視で見分けるのは不明としながらも「ビワマスにしては体高が高く、アマゴの雄ではないか」という意見の方がやや多かったです。
さて、草陰に隠れながら車の中からこっそりこの大きな鱒の様子を伺っていましたが、最後まで産卵することは無く、私の都合でタイムアップとなってしまいました。
次回はまとまった雨が降った後にビワマスの産卵を見に行きたいと思います。