三重県の無漁協河川で天然イワナを釣り上げた我々はこの日もゆっくり始動し、昼過ぎにようやく川に降り立ちました。
毛鉤を浮かべると、すぐに永遠の腐れ縁であるカワムツでした。
この河川のように砂が多くて隠れ場所が無いところでも比較的強いのがカワムツという印象で、一等地から出てきた魚がカワムツということはアマゴは生息していない可能性が高いのでは無いでしょうか。
カメラを突っ込んでみると、アユが映っていました。
ここは漁協が無い河川なので、このアユを無許可でルアーで釣ることもできると今気が付きましたが、現場では常にいっぱいいっぱいのニートはそのことに思い至りません。
「自分に釣れるのはこの無限に湧いてくるようなカワムツだけか・・・」と暗い気持ちになり、美しい川すらセピア色に見えてきます。
場所を上流に移せばアマゴが釣れるかもしれないと思い、移動して毛針を浮かべるとキレイなアマゴがゆったりと毛針を食いに来ました。針には掛からなかったので、魚が毛針を食い損なっていたのでしょうか。
今「ニートくん・・・。アワせが早いよ」
私「へ・・・?」
今「毛針が口に入る前にアワせてたやん。」
・・・。
今「びっくりアワせって言うんやけど、雷魚とかデカい魚の時にやってしまうみたいね」
私の毛針に食いついてきたのは60センチの雷魚ではなく、15センチほどの小魚です。アマゴなどという魚はこれまでに何百回と釣ってきたはずですが、その美しい姿に仰天してしまい、口に毛針が入ったかどうかも見えていませんでした。
アマゴが居るとわかればあとは簡単で、毛針を流し続ければなんとかなるでしょう。ようやく針に掛かりました。

「アマゴは警戒してる時、虫を尻尾で叩き落とす習性があるんだよね」
と、偶然掛かったわけでは無いことを不得意な標準語で説明しようとします。
その後今田くんの方も無事にアマゴが釣れました。2人揃ってアマゴを釣れれば十分と、予定より1時間ほど早く釣りを切り上げることに。
渓流ではどれだけ釣りやすい河川だとしても投げる度に釣れるというわけにはいかないので、例えば17時まで釣りをするとすれば16時半から17時は何の反応も無いということがほとんどです。そうすると釣りの最後の時間帯が「釣れなかった記憶」になってしまい(私の腕では)、結果として帰り道は釣れなかった気分で釣り全体の幸福度を下げてしまうと考えたのです。
私「これぞ大人の遊び方やろ」
今「ほんまに」
釣りの達人にはなりえませんが、人生の達人に向かうことは出来るとこの時は考えていました。
* * *
帰り道、今田くんに送ってもらう予定の駅に近づいたところで野池が見えました。どうやらバスが釣れるポイントのようです。一人田舎の駅で時刻表を見ると、電車が来るまで15分ほど時間があります。
「ちょいと、池を見てみるか」
釣り道具を入れたスーツケースを引きずりながら池をのぞきこんでみると、なにやら2センチほどの小魚を小型のブラックバスとブルーギルが追い回しているのが見えます。
「ちょいと、ルアーを投げてみるか・・・。」
ルアーを投げてみると、食いつきはしませんがバスがルアーを見ている様子が伝わります。どうにか食わせられまいか・・・。
場所を変えながらミノーを投げ続けていると、遂にバスがルアーに食いつきました。
が、すぐにバレてしまいました。
ひとまず、食わせられただけで満足です。しかし、何とか釣り上げたい・・・。岸に向かって平行にルアーを投げていると、風で流されたラインが岸際に生い茂る草に引っかかってしまい、外そうと引っ張るとうなだれたようなラインだけが戻ってきました。ルアーが引っかかっているのは水中を歩いていけばたどり着けそうなところだったので池にサンダルのまま、膝近くまで浸かって探しに行きますが結局ルアーは見つかりませんでした。
・・・。
最初「ちょっと池をのぞいてみよう」と思っていただけなのに、気がつけばサンダルはどろどろ、濡れた足元はタオルで拭き取っても風が吹くとじんわり寒く、さらに次の電車はこれから30分後とのことで最初に駅に着いた時より待ち時間が伸びてしまっています。
その後、電車の時間を帳尻合わせするために釣りを続けるも何も掛からず、妙な前フリをしてしまったがために私が当初恐れていた「釣れなかった思い出」を過去に類を見ないほどに増幅させて持ち帰ることになってしまいました。
感情の利益確定を早めたつもりでも、最終的に弱者は敗れ去る運命です。
つい先程「大人の遊び方」「人生の達人」などと大胆にも語っていた男の足跡が濡れていたのは池の水か、それとも・・・。